幼い日の悪夢|レ●プ体験談|ネットにあったエ口すぎる体験談

幼い日の悪夢

投稿日時:2004/07/25 23:21カテゴリ:レ●プ体験談

10年位前の事です。私の家は、母子家庭で、弟がいます。冬休みの事です。

 母が勤めに出ていたので、いつもの様に、四つ違いの弟をつれ、近所のス−パ−
 に、買い物に行った時の事です。私は小学校の4年でした。其処で、弟が、
 お菓子を、ポケットに入れそのまま、レジで支払いを済ませ、家に帰ろうと
 したとき、50メ−タ−程、行った所で、二人のおじさんに呼び止められ、
 弟の、取ったお菓子の事で、厳しく問いつめられ、弟は泣き出しましたが、
 おじさん達は、情け容赦無く、警察に連れて行くから、お母さんを、呼んで
 来なさい、と言われたので、

   「お母さんは、会社で、夜まで帰ってきません。」と、言うと、

   「それじゃ、君が連れて来たんなら、君が、保護者なんやな?」
 私は、弟のした事が、本当に大変な事のように思えて、何としてでも、弟を、
 助けなければと、
   「ハイ!わたしが、保護者です。」と、言ってしまいました。

   「そんなら、君に、来て貰おか!」  もう一人の凄く太ったおじさんが、
   「ほんまやったら、警察まで来て貰うんやが、そうすると、学校にも、
    親にも連絡して、取り調べるゆう事になるんやで!」

   「まあ、其処までしたら、可哀相ですやろ。なんやったら、儂の知り合いの
    家が、近所やさかい、そこで、取り調べさして貰うちゅう事で。」

   「後々の為にも、甘やかしたらあかんのやが、そこまで言うんなら、君の、
    知り合いの家を、借りるか。」

   「その代わり、厳しく調べる!ええなあ!」

  私は、弟を助けたい一心で、頷きました。それにその人達が、警察の人だと、
  信じ切っていたんです。今から思うと、その人達は私のことを前からねらって
  いたみたいでした。家の事情も皆、解っていたんだと思います。

   その、汚いマンションは、人気も無く、薄暗い所でした。部屋に入ると、
  おじさん達より、もっと歳のいった人がソファ−に座っていました。

    「どうしたんや?山田君。」

    「はい、万引き犯の片割れですわ。この人は、儂等の大先輩で、万引きの
     犯人を何人も捕まえて、刑務所に入れてはるんや。」

    「折角や、大山先輩にも手伝うてもらお。」

   初めの内は、住所や名前を訊かれ、「和田陽子です。」
    「さっきも言うたように、警察には連絡せんといたる。その代わり、
     徹底的に、身体検査したる。それから、二度と、こんな事せん様に、
     儂等三人掛かりで、厳しいお仕置きをしたるさかいな!解ったか?」

   私は、三人もの、大人の人に囲まれ、恐ろしいばかりで、早く終わって
   欲しいと、思うばかりでした。

    身体検査が、始まりました。証拠写真を撮ると言って、痩せた方のおじさ
   んが、カメラで、撮っていました。今思うと、ビデオカメラだったんです。
   最初、ジャンパ−だけ脱がされ、両手を頭の上で組む様、言われて、太った
   おじさんと大山というおじいさんに前と後ろから、大きい手で体中を調べら
   れました。セ−タ−とズボンの上からでしたが、おじさん達は、ニタニタし
   ながら、1時間近く、撫で回しました。特に、お股やお尻を調べる時は、
   テ−ブルの上に立たされ、太い指でグリグリされ、すごく痛かったです。

     それが終わると、セ−タ−とズボンを脱がされ、Tシャツとスパッツに
    され、お仕置きと言って、おじさん達三人にかわるがわるにスパンキング
    (おしりたたき)をされました。今、思い出しても、恥ずかしくて、顔が
    赤くなりそうなお仕置きでした。この辺から、幼な心にも、単なる罰と
    言うより、何かイヤラシイ事をされている、と 感じていました。でも、
    余りに幼かった私は、只、歯を食いしばって恥ずかしいイタズラを、耐え
    るしか無かったのです。一番目は、痩せたおじさんでした。

      「こんな可愛い顔して、万引きするとは、..泥棒と一緒やぞ!
       二度とせん様に、タップリお仕置きしたるさかいに、覚悟するんや」

    膝の上に、俯せに押さえ付け、スパッツの上から、50回位叩かれ、
   ワンワン無きじゃくりました。一回叩く度に、私のお尻を撫で回したり、
   お股の間を、イタズラするんです。私は、叩かれる痛さが先で、それほど
   気にならなかったんですが、その痩せたおじさんは、幼気な私のお尻を、
   思う存分楽しんで、変態的な性癖を満足させていたんです。

    二番目は太ったおじさんでした。同じ様にされました。只、そのおじさん
   は、力も強く、お尻の感覚が無くなるほどでした。二人のおじさんに、
  散々お仕置きされた後、 ちょっと休憩や、と言って、三人は
 ヒソヒソ話しをしていました。私は、ソファ−で俯せのまま、シクシク泣いて
 いました。暫くして、大山というおじいさんが、

  「最後は、儂がもっと厳しいお仕置きと身体検査をしたるさかいにな。」

  また、同じように膝の上に俯せに乗せられ、お尻叩きをされました。今度は、
  もっと露骨にイヤラシイ事を一杯されたんです。二人のおじさんにお仕置き
  されている間、ジッと耐えていたのをいいことに、もっともっと酷い事、
  しても、この子は誰にも言えないから、大丈夫。そんな相談をしていたんだと
  思います。スパッツの上からアソコやお尻の割れ目を指で穿りまわされ、
  1時間以上、虐められました。それが終わると、

   「スパッツの上からやと、効き目が無い。瀕剥いて、じかに叩かんといかん
    じゃろう。」
  
  おじいさんは、厭がる私を、太いおじさんに押さえさせ、Tシャツもスパッツも
  剥くように、脱がしていきます。きっと私の恥ずかしがる顔を見て悦しんで
  いたんだと思います。パンツも脱がされ、丸裸にされて終いました。この頃
  から、三人共、露骨にイヤラシイ言葉を平気で言っていました。興奮のあまり
  それまでと違う人みたいでした。

   「よっしゃ!これで最後の身体検査や!君ら、この子の脚持って、思いっきり
    拡げるんや。」

   「へえ、解りました!」

  私は、仰向けで、まんぐり返しに押さえられ、おじいさんがに、私のアソコを、
  鼻がくっつく位、くっついて覗かれたり、指で割り拡げてイタズラされました

   「おめこに、何か隠しておらんかどうか指突っ込んで調べたる。」

   「そんな所、何も隠してません。許してください」
 
 泣きながら、お願いしました。 おじいさんは、イヤラシイ顔であそこをべっちょ
 べちょ舐めました。そして...太い指を、ずぶり!こじ入れたんです。

   「痛!痛い−...許して下さい!..痛いよう、痛いよう−」

 それから、散々私のあそこを、順番に虐め抜いて、最後に三人の、おちんちんを
  舐めさせられました。大きくてとても口には入り切りませんでした。順番に、
  私の上にのし掛かる様にして、おちんちんをお股の間にグイグイ擦り付けて、
  射精したんです。全てが終わったのは、夕方でした。何と、6時間以上も、
  変態にオモチャにされていたんです。でも、4年生の私には、これが、どれほど
  恥ずかしい事か、未だ解りませんでした。それでも、絶対、人には言え無いこと
  位は、子供心にも感じていました。帰り際に、

   「また、来て貰わんとあかんかも知れん。来んかったら、さっきのんが、
    写っとる写真、皆に見られるでえ。お母さんにも、学校のともだちにも。
    あんな写真見られてもええんか?」

あの変質者達は、私みたいな美味しい獲物を、簡単には
諦めて呉れませんでした。やっと許して貰えたと思っていたあの日が、始まりだっ
たんです。

 住所、電話番号、学校、お母さんの名前から、勤め先まで全部、あのおじさん達
に、言っていました。

 土.日を挟んで三日後の朝、お母さんが仕事に出て直ぐに電話があり、もう少し
訊きたい事が有るから、8時迄に家に来ると言うのです。弟は土曜から、親戚に、
行っていたので、私一人でした。うちの事情を皆、知っているみたいでした。

 おじさん達は、直ぐやって来て部屋に上がり、

   「祐子ちゃん、少しは、反省したんかいな? え−?」

   「はい、もう絶対、あんな事、させません。」

   「君の疑いも、未だ、晴れた訳や無いんやで。解っとるんやろな?」

   「そんな!私は、本当に知りませんでした。」

   「まあ、ええやろ。今日は、先に、家の調べや。」お母さんの部屋と私の部屋
    を、訊いて、太ったおじさんがお母さんの部屋、痩せたおじさんが私の、
    部屋へそれぞれ、大きなボストンバッグを持って、入って行き、昼まで、
    3時間位、タンスや押入をゴソゴソしていました。

  その3時間の間、私は、居間でおじいさんにイヤラシイ事をされ続けました。
  鞄からビデオを出し、見せられたんです。

   それは、3日前、私がおじさん達三人掛かりで、いやらしいお仕置きを
  受けた、ビデオでした。画面の映像は、緊張して無我夢中で我慢していた
  3日前の現実の何倍も凄まじい物だったと、解り、ブルブル震えていました。

   おじいさんは、横に座り、私の体をまさぐりながら、イヤラシイ事を、
  一杯言い、恥ずかしくて真っ赤になっている私にも、オメコとかチンポ、
  そのときは意味も分からない様なイヤラシイ言葉を一杯言わせました。